否定の形「~ません」と「~ないです」
A:納豆を食べますか?
B:食べないですね。
C:私も食べません。
上記の例文のように
否定の形には
「~ません」と「~ないです」
の二通りがあります。
日本語教育では
「食べます」の否定形は「食べません」
と、教えています。
「食べないです」は
ほとんど教えていません。
ところが
日常会話に耳を澄ませれば、
「お箸、要りますか?」
「いらないです。」
などのように、
今では
「~ないです」の形の方が
よく使われています。
ここでは否定の形、
「~ません」と「~ないです」
について考えます。
国文法の「~です」「~ます」の変遷
まず、肯定の形を見ていきます。
昔の国語文法書を読んでみると、
原則的には
「~です」は名詞に続く。
「~ます」は動詞・形容詞に続く。
と使い分けがなされていました。
名 詞 + デス ⇒ 学生デス
動 詞 + マス ⇒ 食べマス
形容詞 + マス ⇒ おいしゅうございマス
ところが、
「おいしゅうございます」という言い方は
時代とともに
だんだん使われなくなり、
「おいしいです」という形に変わっていきます。
1952年の国語審議会では
「大きいです」「小さいです」などは
平明・簡潔な形として認める
という見解を出すに至りました。
それ以降
学校文法で
「形容詞 + です」を
正しい形として教えてきた
という経緯があります。
日本語教育もそれに倣っています。
否定形「~ません」「~ないです」
形容詞・否定形「~ないです」への変遷
上記のことから
形容詞の「~ないです」を使った否定形は
「~ません」の形より新しいといえます。
「大きくありません」「大きくないです」
→ → → → → →
動詞・否定形「~ないです」への変遷
動詞の「~ないです」という形は
形容詞の流れから出現したと思われます。
「大きい + です」が
正しいと認められ、
「大きく + ないです」
を使うようになります。
動詞の否定形「行かない」も
「~ない」で終わっていますから、
「行かない + です」が
誕生したと考えられます。
「行きません」「行かないです」
→ → → → →
日本語の述語の否定形
ここで、日本語の述語の否定形を
表にまとめてみます。
<表1.述語の否定形(丁寧体)>
肯定形 | 否定形(ません)/(ないです) | ||
名 詞 | 学生です | 学生 じゃありません |
学生 じゃないです |
イ形容詞 | 大きいです | 大きくありません | 大きくないです |
ナ形容詞 | 便利です | 便利 じゃありません |
便利 じゃないです |
動 詞 | 食べます | 食べません | 食べないです |
日本語教育の問題点
上記表1.の色を付けた部分が
多くの日本語教育機関で教えている活用です。
使用状況を調べてみると、
述語の否定形は
「~ません」と「~ないです」
の両方が使われています。
ところが
日本語教育機関で教えているのは
片方だけです。
しかも、
形容詞だけは他の品詞と違い、
「~ないです」の方を教えています。
2006年
とある大学で留学生(上級学習者)に
アンケート調査を実施しました。
内容は
各品詞ごとに
「~ません」「~ないです」を接続させます。
そして
①その形が正しいかどうか
②日ごろ使うかどうか
を尋ねたのです。
すると
イ形容詞の「~ません」
(「おいしくありません」)は
①正しい形ではなく、②使わない、
と半数以上が答えたのです。
また、留学生全体(初級~上級)の
動詞の使用実態を調査しました。
(留学生と日本人の会話を
録音し、分析するという調査手法)
その結果
留学生の初級、中級の学習者は
動詞については「~ません」のみを使用。
上級者は「~ないです」を使う学習者が
7割以上を占めました。
この7割という数字は
日本人大学生の「~ないです」の
使用傾向とほぼ同じだと結論づけています。
ここから
大きな問題点が浮かび上がります。
●日本語学習者の多くが
形容詞の否定形「~ません」
(おいしくありません)の方を
間違いである、と認識していること。
●初・中級の日本語学習者は
動詞の否定形「~ないです」
(知らないです)の方は
全く使っていない(使えない)こと。
この2点は
日本語の授業が見事に反映されている、
と言えます。
否定形「~ません」と「~ないです」
どちらを教えるのか?
二つの表現があった場合、
「どちらを教えるのか」
という選択を考える時、
どんなことに注意したらいいのでしょうか。
大事な点として
「どちらが規範的か」
ということが挙げられます。
しかし、
「おいしゅうございます」から
「おいしいです」に
使用実態が変化している時、
「おいしいです」は
規範的ではなかったはずです。
こうした
「ことばのゆれ」は
否定形の「~ません」「~ないです」のほかにも
多く見られます。
「ゆれている」ということは
実際の日常生活では
新しく出現した表現の方を
多くの日本人が使っているということです。
日本で生活している留学生の場合、
日本人と話す機会が多く、
「ゆれている」表現を聞く機会も
当然多くなります。
日本語の会話力をつけたいと思っている
学習者にとって、
日本人が日常生活で使っている言葉を
学びたいと思うのは当たり前のことです。
日本語の表現を教える時には
「規範的」かどうかのほかに、
「使用実態」という点についても
留意しなければなりません。
学習者にとっては、
どちらも重要なことだからです。
また、
●どちらか一方を教えるのか、
●練習に軽重の差はつけるが、
両方とも紹介するのか、
こうした点も考えどころです。
言葉を教えるということは
本当に奥が深いですね。
ではではニゴでした。