どんな教師になりたいのか

自分自身がどんな教師になりたいのか、
どんなクラスにしたいのか、
そのことに考えをめぐらすことは
とても大事なことだと思っています。
 

折に触れ、この詩を読み返し、
自分はいい教師なのか、
初心を忘れていないか、
理想のクラスを作ろうとしているのか、
自分自身と対話しています。
 

<学生は教師の鏡>


学生は、教師に批判されると
他の学生を責めることを学ぶ
 

学生は、教師に憎まれると
他の学生と争うことを学ぶ
 

学生は、教師に恐怖で支配されると
おどおどした小心者になる
 

学生は、教師から憐れみを受けると
自分をかわいそうだと思うようになる
 

学生は、教師にバカにされると
自分を表現できなくなる
 

学生は、嫉妬しあうクラスにいると
他の学生をねたむようになる
 

学生は、ひけめを感じながら学ぶと
罪悪感を持つようになる
 

学生は、教師の辛抱強い姿を見ると
耐えることを学ぶ
 

学生は、教師の正直さと公平さを見ると
真実と正義を学ぶ
 
学生は、教師に励まされると
自信を持つようになる
 

学生は、教師にほめられると
人に感謝するようになる
 

学生は、教師にその存在を認められると
目標を持つようになる
 

学生は、クラスで分け合うのを見ると、
他の学生に分け与えるようになる
 

学生は、静かな落ち着きの中で学ぶと
平和な心を持つようになる
 

学生は、安心感を与えられて学ぶと
自分や他の学生を信じるようになる
 

学生は、親しみに満ちた雰囲気の中で学ぶと
生きることは楽しいことだと知る
 
 
学生は、教師から受け入れられて学ぶと
自分のクラスは愛であふれていることを知る
 

あなたの教え子たちは、
どんなクラス環境で学んでいますか?
 

(これは、ドロシー・L・ノルテの詩を変えたものです。
もとの詞は、学生が子供、教師は親です。)
 

ではではニゴでした。

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