「様」と「殿」の違い

手紙を書く時、
宛名には
一般的に「様」を使います。

ですが、
公文書では
「殿」をよく見かけます。

どんな違いがあるのかと思っていたら、
NHKの「チコちゃんに叱られる」という
テレビ番組で、
「様」と「殿」の歴史的変遷を放送していました。

日本語を教えるときに
役立つ時が来るかもしれないと思い、
ここに備忘録として、記しておきます。

最後の方では
「様」を使う場合の注意点
及び、
「御中」「各位」の使い方も
書きましたので、参考にしてください。

「様」と「殿」の解説は
国立国語研究所の
小木曽 智信氏です。

「様」の歴史(1)奈良時代以前

「様」という言葉は
奈良時代以前から使われていたということです。

平安時代前期に書かれた
『竹取物語』の中に、
「・・・くるしがりたるさま・・・」
のように、
状態を表す言葉として出ています。
(これは「苦しがっている様子」という
今の使い方と同じですね)

竹取物語

 

 

 

 

*『竹取物語』は
『源氏物語』の中で
少しだけ言及されています。
~「物語の出で来はじめの祖(おや)なる
竹取の翁」~
『竹取物語』は
日本最古の物語だと言われていますが、

作者や成立年は
よくわかっていません。

「様」の歴史(2)平安時代中期以降

平安時代の中頃になると
」の新しい使い方が登場します。

『枕草子』に
「・・・雨がよこさまに降る・・・」
と書かれており、
」が「横のほう」という意味で
用いられています。

他には『更級日記』の中にも
「京」という表現があり、
やはり「」が
「京のほう」(へ行く)という意味で
使われています。

時代が下るにつれ、
」は
方向や場所につけることで、
「~のほう」という意味に用いる表現方式が
定着していきました。

例えば
京の方に向かうなら、「京
御所の方に向かうなら「御所
といった具合です。

これまでの時代の中では
目上の人に「」をつける、
という使い方は
存在していません。

なぜなら
殿」という言葉があったからです。

その当時(平安時代)は
目上の人には「殿」をつけることが
一般的でした。

この「殿」という言葉は
奈良時代以前から、
屋敷を指す言葉として使われていました。

殿」は
その土地にある邸宅の尊称として
用いられていたのです。

古来、日本では
人の名前を直接呼ぶことは
失礼に当たるという考え方がありました。

そこから、
人の名前を呼ぶ代わりに、
その人が住んでいる地名や御屋敷の名前を
使っていたのです。

ちょうどいい例が「鎌倉殿」です。

鎌倉殿」は
NHKの大河ドラマの題名です。

これは源頼朝が
鎌倉の屋敷に住んでいたため、
鎌倉殿」と呼ばれていたのです。

つまり
鎌倉殿」とは
源頼朝その人。

 

 

 

 

 

 

 

 

鎌倉」とは
鎌倉の方(ほう)、
という意味で使われていたのです。

鎌倉様(=鎌倉の方)

 

 

こうした「」と「殿」の使い方に
変化が生じてきたのが、
室町時代以降です。

鎌倉時代には
殿」をつけられるのは
かなり位の高い公家や武士だけでした。
鎌倉殿である源頼朝は
武士の頂点にいた人です。

ところが、
室町時代になってくると、
「婿殿(むこどの)」
「主殿(あるじどの)」
「母殿(ははどの)」
のように、
一般の人にも使われるようになります。

とりあえず殿をつけておけば、
丁寧になるのでOK、といった感じでしょうか。
(これって、ものすごい既視感ですね)

身分の高い人だけに使っていた「殿」は
一般的な敬称となり、
殿」の権威性は失われていきました。

(なんと「猫殿」「猿殿」
のような例もみられるそうです)

そこで、
より敬意の高い言葉として、
」が登場します。

」は
今までは地名につけ、
「~の方(ほう)」という用い方をしていたわけですが、
これを人物に転用したのです。

ただし、
」の使い方は
ルールがなく、あやふやなまま、
なんとなく使われていたようです。
(これも既視感がありますね)

時代がたつにつれ、
人を呼ぶ敬称としては
「~」のほうが、
だんだんと主流になっていきます。

」と「殿」は長く混在し続け、
江戸時代、明治時代になっても、
実のところ、「雰囲気で使い分ける」
といった様相だったそうです。

江戸時代初めの日本語学書
「ロドリゲス日本大文典」では
当時使われていた
「殿」「様」「公」「老」
の4種類の敬称を比較しています。

敬意の最も高いのが「」で、
以下「公」「殿」「老」と続く
と記載されているそうです。

ロドリゲス日本大文典

日本大文典の表紙

 

『日本大文典』とは
江戸時代初期、
ポルトガルのイエズス会宣教師、
ジョアン・ロドリゲスによって編集されました。
(1604~1608年)
これは日本にいる宣教師たちが
日本語をよく学べるようにと
書かれた日本語文法の本です。

ウィキペディアによると、
現存する最古の日本語学書であり、
中世後期の日本語の
貴重な参考資料だそうです。

昭和時代の「様」「殿」

江戸時代、明治時代、昭和時代初期と
」と「殿」はずっと
あいまいなまま、混然と使われていました。

これが昭和27年に
ようやくルールが制定されます。

文部省は「これからの敬語」を
昭和27年に発表。

そこに
<「」は主として手紙の宛名に使う。
公文書の「殿」も「」に統一される事が
望ましい>

と記載しています。

文部省から
こうしたガイドラインが
出されたことで、
「人の名前に「~」と使うことが、
もっとも丁寧な言い方である」
という認識が定着していき、
今に至っている、というわけです。

番組では
●どうして表彰状などには
「~殿」という表現を使っているのですか?
という疑問が出されました。

 

 

 

この解答としては
「表彰状」などは
上位者から贈られるという性質があるので、
受け取る側に、
最も丁寧な「○○様」を使うことはしない、
ということでした。

 

現在の「様」「殿」の使い方

「様」の使い方

現在では「」は
女性・男性を問わず、
目上・目下とも関係なく、
広く使われている敬称です。

個人に対する敬称としては
もっとも一般的です。

手紙や文書の宛名も
」を用いるのが普通です。
(連名の場合には、
敬称は一人一人につけます)

「殿」の使い方

殿に関しては
「これからの敬語」で、
<公用文の「殿」も「」に
統一されることが望ましい>と
記されたのですが、
今現在でも、公用文には「殿」が
広く使われています。

省庁の公文書の宛先の敬称は
いまだに「殿」です。

」に統一されることなく、
殿」が使われている背景には、

・公と私の区別が明確につく
・官職名や役職名につけても通用する

などの理由があるそうです。

 

しかし
昭和40年~50年代から
地方公共団体の中には
公文書でも「殿」をやめ、
」を使用するところが出てきました。

静岡県・神奈川県・愛知県・埼玉県・千葉県
などは
文書の敬称を「殿」から「」に切り替えています。

そのきっかけとなった理由として、

・「殿」は上意下達の尊大さを感じさせる
・「殿」を用いると、目下扱いにされた気持ちになる
・「殿」では必要以上に堅苦しい
・「殿」は時代錯誤感がある

といったことが挙げられていました。

結論として
「敬語の指針」でも
」を推奨していることですし、
最も汎用性がありますから、
」を使っていれば、まず
間違いないと言えそうです。

特にビジネスで使用する場合には
殿」ではなく、
」を使う方が安心です。

「様」を使う場合の注意点

●役職名の後には、つけてはいけない。

× :石井営業部長
〇:営業部長 石井

●二重敬語に注意しましょう。

× :株式会社トミタ御中 石井
〇  :
株式会社トミタ 石井

「御中」「各位」の用い方

御中」は
企業や部署、団体など
個人以外の組織に対する敬称です。

(例)株式会社トミタ御中
(例)人事部採用係 御中

各位」は
複数の相手に対する敬称です。
「~の皆様」という意味です。

(例)関係者各位(→関係者の皆様)

各位」という言葉は、それ自体が敬称です。
そこで
各位」「各位
などといった使い方は二重敬語
となりますので、気を付けましょう。

ただし、
「お客各位」は二重敬語ですが、
すでに一般化しています。

とはいえ、
これが二重敬語だと知ってしまうと、
使いにくいものです。
その時には
「お客様の皆様」でOKです。

また、
ビジネスの場合では
「各位」自体に敬称が含まれている、
ということを知らずに、
その文言を受け取る、
といったシーンも予想されます。

相手方は「敬意」が足りない、と
思ってしまうかもしれません。

その場合にも
「各位」の代わりに
「皆様」が使えます。

より丁寧なのは
「各位」でまとめず、
一人一人に敬称を使う、
という方法でしょう。

日本語学習も上級になると、
こうした「」「御中」「各位」を
使った文書の書き方の授業が
あると思います。

参考にしていただければ、幸いです。

 

ではではニゴでした。

 

 

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